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2611076 journal
日記

phasonの日記: 剥がせる窒化物半導体素子

日記 by phason

"Layered boron nitride as a release layer for mechanical transfer of GaN-based devices"
Y. Kobayashi, K. Kumakura, T. Akasaka and T. Makimoto, Nature, 484, 223-227 (2012).

窒化物半導体は高い化学的安定性(劣化しにくい),組成制御により連続的に変化させられるバンドギャップ(発光波長を制御しやすい),高い熱安定性(非常に高温でも動作可能),高い絶縁破壊電圧(高電圧での駆動が可能)といった特徴を持つため,発光素子やパワー半導体といった用途への広い応用が期待されている.しかしその一方で,サファイア基板を代表とするごく限られた基板以外の上には広い面積の単結晶を成長させることが難しいことが知られており,通常はサファイア基板上にCVDによって成膜し,窒化物半導体薄膜を作成している.
これが問題となるのは,実際のチップの作成時である.成膜時にはそれなりの厚さのサファイア基板が必要となる.実際のチップとして使用するにはここから個々のチップを切り出さなければならないのだが,サファイアはよく知られるように非常に堅く研磨も難しいため,ある程度厚みのあるサファイア基板ごと切らねばならず,これは結構手間である.また,小型化のためなどで複数のチップを薄く研磨し積層するという事が良く行われるのだが,厚いサファイア基板が付いたままだとこれも難しいし,厚みがあると言うことは「柔らかい回路」というような物理的変形を伴う用途への利用も困難である.さらにはサファイアと窒化物半導体とは熱膨張率がかなり異なるため,このままではせっかくの窒化物半導体の利点である高温での利用が難しくなる(高温にすると割れを生じる).

そのため,サファイア基板から何とか窒化物半導体を剥がす,もしくは最初からサファイア以外の基板上で窒化物半導体を成膜する,という研究が積極的に行われている.いくつかの手法が開発されているのだが,剥がす方の研究は大きく3つに分けられる.一つ目はレーザーリフトオフ法であり,基板となるサファイア側から強烈なパルスレーザーを当てることでサファイアと窒化物半導体の界面を気化させ半導体本体を剥離させる,という手法である.すぐに想像できるとおりこの手法は窒化物半導体側へのダメージが大きいとか,あまり大面積のチップはうまく剥離出来ない,かなり大規模な設備が必要となる,という問題を抱えている.2つめの手法は化学的エッチング法であり,サファイア基板と窒化物半導体との間に化学的に分解しやすい別の物質を薄く積層する,という手法である.こちらの問題点は,窒化物半導体側に化学的な汚染が生じる可能性,ケミカルな反応を伴うためこちらもそれなりの規模の設備が必要となる,中間に余計な化合物の層を挟むため上にのせた窒化物半導体の結晶性を上げるには窒化物の層を十分厚くする必要がある,などが挙げられる.そして最後の3つめの手法が,比較的容易に劈開する物質をサファイアと窒化物との間に成膜しておき,物理的に剥ぎ取る,というものである.これまた間に余計な層を挟むことによる結晶性の問題が存在する.
今回のNTT基礎研による報告は,最後の物理的に剥ぎ取る,という手法になる.劈開しやすく,かつ上の窒化物半導体(今回はGaN系)の結晶性が良くなるような中間層を開発出来た,というのがその中心だ.

実際の構造としては,サファイア基板の上にまず六方晶窒化ホウ素(h-BN)の薄膜(3nm)を成膜する.h-BNはグラファイトとよく似た構造を持っており,隣接する炭素をBとNに置換したような層状構造となる.当然ながらグラファイトと同じように非常に劈開性が高く,少しの力できれいに(それこそうまくやれば原子レベルでフラットに)剥がすことが出来る(身近なもので言えば,雲母が剥がれるのと似ている).
さて,h-BNはきれいに剥がれるという特徴はあるのだが,その上にはなかなかきれいにGaNの単結晶が成長しない(多結晶化してしまう).そこで著者らは,その上にさらにAlGaNのバッファ層(300nm)を成膜し,その上にGaN(3000nm)を積層することで単結晶薄膜を作ることに成功した.この研究の肝は,このh-BNとAlGaNという素材の選択と,その成膜条件になるわけだ.
こうして出来たGaN基板の上に,今回はさらにGaN/InGaN/GaNという構造を10層重ねている.InGaNは母物質のGaNに比べバンドギャップが狭くなっており,GaNに注入された電子とホールはこのInGaNの層に蓄積される(そこだけエネルギーの低い井戸状になっているので,量子井戸と呼ばれる).そしてそこで電子とホールが結合し発光する.Inの量を制御することで,非常に波長の狭い単色光を発光する量子井戸型のLEDとして働くわけだ.そしてこの10層の量子井戸層の上に,保護用のGaNを100nm成膜して完成である.全体構造としては,

|サファイア基板 | h-BN | AlGaN | GaN | 量子井戸層 | GaN |

となる.
さて,いよいよ剥離である.この作成したサンプル全体を上下ひっくり返し,接着層を塗った適当な基板に貼り付ける.

|転写先基板 | 接着層 | GaN | 量子井戸層 | GaN | AlGaN | h-BN | サファイア基板 |

そしてペリッと剥がせば,劈開しやすいh-BN層が二つに割れて

|転写先基板 | 接着層 | GaN | 量子井戸層 | GaN | AlGaN | h-BN | + | h-BN | サファイア基板 |

と,任意の基板にGaN系半導体素子を貼り付けることが可能となる.後は切り出すなり,研磨するなり,積層するなり思いのままだ.
著者らはデモンストレーションとして,ポリマーフィルム上に電極を蒸着,その上に上記素子を転写し,LEDとして発光させている.なお,本手法で作成したGaN層の易動度は1100cm2/Vsと十分に高い.

本手法は,ミクロンやサブミクロンオーダーの薄いGaN半導体素子を任意の基板上に配置することを可能とする.これまでは基板が邪魔だったりでなかなか使えなかった用途へもGaN系半導体の使用範囲を広げる可能性がある.元々NTT基礎研は窒化物半導体の研究をかなりいろいろやっているのだが,これまでの蓄積がうまいことまとまった,という感じだろうか.

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犯人は巨人ファンでA型で眼鏡をかけている -- あるハッカー

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